第29回セラミックスに関する顕微鏡写真展  日本セラミックス協会学術写真賞入賞作品

本年度の応募作品はちょうど30点の応募があった.例年どおり透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いた観察例が多かった.審査は例年どおり学術写真賞の選考マニュアルにしたがって行われた.最終的に応募総数(30)から最優秀賞2作品,優秀賞5作品の計7作品を選出することを決定した.審査は一次,二次の二回に分けて行われた.一次審査では全応募作品の中から各委員がそれぞれ6作品を選び,得点の多い10作品までを選出した.二次審査ではその10作品すべてに対する各委員の意見表明および討論を行った後,各委員持点10点,1作品最高5点の付与を条件に投票を行った.投票は公正を期するために記名方式で行った.投票後,各作品の合計得票を集計し,得点1位および2位の作品が僅差であったため委員協議の上,それらを最優秀賞に,3位から7位までの作品を優秀賞とした.受賞作品とその受賞理由は次のとおりである.


<最優秀賞>Multi Wall Carbon Nanotube(MWCNT)内へのAu微粒子侵入過程の動的観察と高分解能TEM観察

(写真の説明)図1は電子顕微鏡内でスパッタされたAu粒子がMulti Wall Carbom Nanotube(MWCNT)内に侵入する瞬間を動的に観察した例である.スパッタされたAu粒子はそのエネルギーによりMWCNTの壁に食い込んだ(a).その状態で試料を800℃に加熱したところAu粒子は徐々にMWCNT内に向かって移動(b),最終的に壁の内側にその位置を変えた(c).移動したAu粒子はMWCNT内部に止まり,活発な運動を示した(d) 図2は試料温度を750℃に下げることによりAu粒子の活性を低下させて観察した高分解能TEM像である.Au粒子が付着した領域には欠陥(黒矢印)の発生や,グラファイト構造の崩壊(白矢印)が見られる.これらはAuスパッタ粒子がMWCNT内に侵入する初段階の現象と推測される.

(装置・撮影条件)日立HF-2000分析電子顕微鏡,加速電圧;200kV

(出品者所属・氏名)(日立サイエンスシステムズ)今野 充・矢口紀恵・上野武夫

(撮影者所属・氏名)(日立サイエンスシステムズ)今野 充

<選評>

 直径数nmのAu微粒子が800℃の高温に加熱されたカーボンナノチューブ内部に侵入する様子を連続的に観察した作品である.現在,新機能の発現を狙ったカーボンナノチューブ内への物質封入に関する研究は世界規模で行われているが,本作品はAu粒子がカーボンナノチューブ内に侵入していく様子とそのメカニズムを原子レベルの高い分解能で観察している.炭素系材料研究上貴重な現象をとらえた学術的価値と,撮影技術の両面で価値のある作品との評価が高く,圧倒的多数の得票で最優秀賞作品に選ばれた.


<最優秀賞>Fallen Leaves of LaBGeO5 Crystal─LaBGeO5結晶組成を有するガラスの表面に,デンドライト結晶群を発見した─

(写真の説明)LaBGeO5は強誘電体であり,新規固体レーザー結晶としても注目されているが1),B2O3やGeO2を含有することから融液の過冷却現象により単結晶育成が難しい.我々は(La, Ln)BGeO5(Ln:希土類元素)の化学量論組成を有する結晶化ガラスによる強誘電性・二次光非線形性の評価を行ってきた2)〜4).大きさおよそ50μmのこれらデンドライト結晶群は,溶融急冷法で作製したLaBGeO5前駆体ガラス表面から見いだされ,X線回折分析によりLaBGeO5結晶であることが確認された.ガラス溶融時の組成ゆらぎが結晶競争的成長を引き起こし,その結果としLaBGeO5デンドライト結晶が形成したものと思われる.化学量論組成でガラス化する強誘電体は珍しく,この様なデンドライト成長はガラスの結晶化の観点からも興味深い.このデンドライト結晶群の持つモルフォロジーとレタデーションは,“Fallen Leaves”(落葉)を連想させる.顕微鏡中の無機化合物が,あたかも有機的な概観を呈することに度々研究者は直面する.これは自然の摂理は─鉱物・生物の形に頓着しない─ユニバーサルなものであるという一つの事例であろう.

(装置・撮影条件)偏光顆微鏡(オリンパス社製),デジタルスチールカメラにて操影

(出品者所属・氏名)(長岡技科大)高橋儀宏・紅野安彦・藤原 巧・小松高行

(撮影者所属・氏名)(長岡技科大)高橋儀宏

<選評>

強誘電体であるLaBGeO5 結晶は次世代固体レーザー結晶のひとつとして注目されているが単結晶育成が困難な材料としても知られている.作品は溶融急冷法で作製したLaBGeO5前駆体ガラス表面に大きさ約50μmのデンドライト結晶群が成長している様子を発見し,偏向顕微鏡により神秘的なカラーで鮮明にとらえている.発見した現象は化学量論組成では極めて珍しい結晶成長であり,今後の固体レーザー材料創製に大いに参考になるものである.新材料への無限の期待と,結晶特有の造形の美が見事に融合した学術的にも技術的にも高く評価できる作品として最優秀賞作品に選ばれた.


<優秀賞>ZnO粒界における電流─電圧特性の粒界性格依存性

(写真の説明)2枚のZnO単結晶の片面を精密研磨し,Prを蒸着した後に張り合わせて様々な粒界性格を持つユニークな双結晶試料を作製した.その一例として,(a)Σ1,(b)Σ7および(c)(0001)と(112─0)を接合したa─c粒界の各粒界の高分解能像を示す.各粒界はそれぞれ異なる粒界構造をしており,(a),(b),(c)の順に粒界における原子配列の乱れが大きくなる傾向にある.また,(a)─(c)中の○に示す領域から得たEDSスペクトル(d)より,粒界における原子配列の乱れの違いがPrの偏析挙動を大きく変化させることを見出した.原子配列の乱れがないΣ1粒界ではPrが存在していないのに対し,乱れの大きいa─c粒界では多量のPrが偏析している.さらに,この粒界におけるPrの偏析挙動の変化は電気特性に大きく影響を与えることをはじめて突き止めた.左図に示す電流─電圧特性では,Prが存在していないΣ1粒界は直線的な特性を示すのに対し,最も偏析の多いa─c粒界は大きな非直線特性を示している.

(装置・撮影条件)透過型電子顕徹鏡・HITACHI H-9000NAR(加速電圧300kV)

(出品者所属・氏名)(東大)佐藤幸生・淀川正忠・山本剛久・大場史康・幾原雄一

(撮影者所属・氏名)(東大)佐藤幸生・山本剛久

<選評>

 2枚のZnO単結晶を張り合わせることにより様々な粒界を人為的に形成し,粒界における原子配列の乱れを高分解能透過電子顕微鏡により証明するとともに,元素分析により特定元素の粒界偏析と,その偏析がセラミックスの電気特性に与える影響を突き止めた.材料の特性と内部構造および組成の関係を明らかにした研究の質,研究内容の学問的価値,高分解能写真の質,EDSによる極微小部分析技術などが高く評価された.


<優秀賞>BaTiO3粒内の穴の消失過程

(写真の説明)写真(a)─(f)は,水熱合成BaTiO3粒子(堺化学製BT─006)の加熱による変化(室温から1128Kまで)をビデオ撮影したものである.試料の加熱は,TEM用の高温ホルダーを用いて,手動で昇温を行った.このas-received BaTiO3粒子には,大小の穴の存在が確認できた.そこで,目立つ穴に注目して,その穴が消失する過程をTEMによりその場観察し,その過程をビデオ撮影することに成功した.

 973Kにおいて,表面付近で,穴が開き始めたのが観察された(図c).1128Kで温度をキープし観察を続けると,その開いた穴が徐々に大きくなり(図d),図eではすでに穴の形状は確認できなくなっている.穴が開きはじめてから約1時間後,穴は粒子から完全に消えた(図f).水熱合成BaTiO3粒子については,熱処理による密度上昇が報告されており,密度が上昇する温度域で穴が消失したことから,穴の存在が密度と密接に関わっていると言える.しかしながら,さらに高い熱処理温度においても,穴の位置や粒子サイズにより,残留する穴も観察された.

(装置・撮影条件)JEM─2000EX EM─SHH4,加速電圧200kV,ビデオ撮影

(出品者所属・氏名)(龍谷大)中野裕美・(神奈川工科大)井川博行

(撮影者所属・氏名)(龍谷大)中野裕美

<選評>

 水熱合成BaTiO3粒子の室温〜1128Kまでの構造変化を電子顕微鏡その場観察法によって観察した作品である.観察は広い温度範囲にわたって行われているがas-received の状態で存在したBaTiO3粒子内の多数の空孔が加熱によって粒子表面から消えていく様子を鮮明に観察している.一般に知られている水熱合成粒子の熱処理による密度上昇の原因を解明する上で貴重な所見である.とらえた現象の学術的な価値と観察技術が高く評価された.


<優秀賞>発達した羽毛状構造を有するジルコニア柱状晶

(写真の説明)電子ビーム物理蒸着(EB-PVD)法によって成膜されたZrO2─Y2O3膜は,柱状構造を有し応力緩和能に優れるため,遮熱コーティング(TBC)として主に航空機エンジンの高温部材に使用されている.しかしながら,柱状晶内部は比較的緻密で熱伝導率が高い(1.5〜2.0W/mK)といった欠点があった.写真は,ZrO2─4mol%Y2O3に5mol%のLa2O3を添加した新規材料を用いてEB─PVD法により合成したTBCの組織である.<100>方向に配向した柱状晶の側面に羽毛状構造と呼ばれるサブカラムが著しく発達している.この羽毛状構造により写真に示す開発膜の熱伝導率は0.5W/mKとなり,従来の約1/3程度にまで低熱伝導化することに成功した.

 また,高温での使用環境下において焼結が起こり,羽毛状組織やナノポアが消滅して熱伝導率が上昇することがTBCの剥離損傷要因の一つと考えられている.本材料では,La2O3添加による焼結抑制効果により,高温(1200℃)においても羽毛状構造が安定に保たれ,低熱伝導率を維持できることがわかった.

(装置・撮影条件)SEM(日立S─4500,加速電圧20kV,反射電子像)

(出品者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)松本峰明・山口哲央・松原秀彰

(撮影者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)松本峰明

<選評>

 航空機エンジンなどの高温部材の遮熱コーティング層として使用されているZrO2 ─Y2O3膜は電子ビーム物理蒸着法により成膜されているが,従来,熱伝導率が高いという問題が指摘されていた.作者らは添加物を加えた新規材料を用いてその熱伝導率を1/3程度にまで低下させることに成功している.作品はFE-SEMの反射電子像を用いて熱伝導率低下をもたらした羽毛状のサブカラムの成長を鮮明にとらえている.材料特性の向上を狙った構造制御の成果を如実に証明する電子顕微鏡の役割りが明瞭に示された例として高く評価された.


<優秀賞>ナノ空間を制御したセラミックスガス分離膜

(写真の説明)ナノ細孔を制御して作製された陽極酸化膜上にシリカ層を形成することにより,セラミックスガス分離膜を作製することに成功した.ガス透過特性の評価から,開発したセラミックスガス分離膜は分子篩い機能を有していることが確認され,約0.3nm径の細孔分布を有していることが分かった.また,陽極酸化膜の最表面層には3nm径の細孔が形成されていることが確認できた.このようなセラミックスガス分離膜は脆弱であるため,従来のTEM試料作製法では薄片化が非常に困難であった.そのためTEM観察を行うことがほぼ不可能であった.

 今回,TEM試料作製法にマイクロサンプリング法を採用した.マイクロサンプリング法は集束イオンビーム(FIB)装置内部で試料の一部をピックアップした後,FIB法により試料の薄片化を行うため,TEM観察試料に仕上げるまで機械的な研磨を必要としない.したがって,本来の多孔体構造(細孔構造)を保ったまま薄片化することが可能である.

 左図はマイクロサンプリング法により薄片化されたセラミックスガス分離膜の断面TEM写真である.上部から約0.3nm径の細孔分布を有するシリカ層(A層)および,陽極酸化膜の3nm径(B層),5nm径(C層),10nm経(D層)のストレートチャンネルが明瞭に観察できている.陽極酸化膜のチャンネルは形成時に電圧を変化させることにより段階的に制御された構造である.右図は分離膜最表面領域の拡大像である.破線矢印で示すように,シリカ層(A層)は4層の積層構造を有している.この積層はゾル─ゲル法による4回の製膜回数と対応する.3nm径のチャンネルを有する陽極酸化アルミナB層において,実線矢印が示す点から細孔のチャンネルが放射状に伸びている状態が鮮明に観察できている.また,右図最上部の黒色コントラストはTEM試料作製時に試料最表面を保護するために蒸着したタングステンである.

 謝 辞:本研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託による「高効率高温水素分離膜の開発事業」の一環として実施したものである.

(装置・撮影条件)TOPCON EM-002B,加速電圧200keV,TEM試料作製装置:HITACHI FB-2100(加速電圧40─10keV)

(出品者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)加藤丈晴・稲田健志・岩本雄二・平山 司・幾原雄一

(撮影者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)加藤丈晴

<選評>

作品は陽極酸化膜上にシリカ層を形成することにより作製したセラミックスガス分離膜の断面構造を集束イオンビーム加工技術により破壊することなく薄膜化し,透過電子顕微鏡を用いて観察した例である.写真には分離膜3層からなる分離膜の断面微細構造,分離膜最上部に形成されている直径約3nmの微細孔などが明瞭に観察されている.期待できる材料の機能の高さと,それを裏付ける微細構造の観察を可能にした透過電子顕微鏡試料作製技術が高く評価された.


<優秀賞>Au表面に成長したZnO結晶

(写真の説明)近年,酸化亜鉛(ZnO)は光機能材料として注目されており,低次元構造を有するウイスカーやナノ構造薄膜が盛んに研究されている.ここに示す結果は,中央部にAuペーストを塗布したZnOセラミックス線材(1mm×lmm×15mm)を,アルゴン雰囲気中で通電加熱した際に,Au表面に成長したZnO結晶をSEMで撮影したものである.結晶底面は六角形を有しており,結晶先端から直径が数十nmのウイスカーが底面に対して垂直に成長していた.CL測定の結果,この結晶から強い紫外発光が観測された.新規機能物性の発現が大いに期待できる結晶である.

(装置・撮影条件)走査型電子顕微鏡JEOL JSM─5510,加速電圧20kV

(出品者所属・氏名)(長岡技科大)湊 賢一・岡元智一郎・高田雅介

(撮影者所属・氏名)(長岡技科大)湊 賢一

<選評>

光機能材料として注目されている酸化亜鉛(ZnO)の光特性はその構造に大きく依存するため,ウイスカー成長,薄膜形成などに関する研究が盛んに行われている.作品はAu塗布したZnOセラミックス線を加熱した際に成長するZnOウイスカー結晶の三次元微細構造を走査電子顕微鏡で観察している.ウイスカー結晶の底面が一様に六角形を呈し,ウイスカーは基盤に垂直に成長していることなど材料合成プロセス研究上貴重な所見が得られていることと材料の新規機能の発現への期待が高く評価された.


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