第30回セラミックスに関する顕微鏡写真展  日本セラミックス協会学術写真賞入賞作品

 本年度は,32作品の応募があり,審査の結果最優秀賞2点と優秀賞6点が選出された.ここ数年の間に,透過電子顕微鏡の高分解能観察が,一般的な技術の一つとして定着するなど,観察技術の進歩は著しい.その傾向を受けて,本年度の応募作品はレベルの底上げが著しく審査に苦慮した.今回選出された8作品はもちろんのこと,選外の作品にも優れた内容を持った多くの作品が揃った.応募された作品について,「科学的知見を含んでいる学術的価値の高い顕微鏡写真」「撮影技術や試料作製技術に優れ,美的水準の高い作品」であることを選考基準として選定した受賞8作品を以下に紹介する.


<最優秀賞> YSZ薄膜結晶化過程の高温その場断面TEM観察

(写真の説明)試料は,水素端処理した(001)Si基板上にPLD法により室温で成膜した非晶質8mol%Y2O3─ZrO2(以下YSZ)薄膜である.2軸傾斜加熱ホルダーを使用した高温その場断面TEM観察法により,室温から10℃/minで昇温したところ,約300℃以上で非晶質YSZ薄膜の結晶化が観察された.電子線照射領域から優先的に結晶化が開始することはなかったことから,電子線照射による試料加熱効果は小さいと考えられる.一連の画像は350℃で結晶化過程をその場観察した動画のスナップショット(明視野断面像)である.[11─0]Si晶帯軸入射条件で撮影した.まず薄膜表面付近に明るい点状のコントラストが現れて等方的に成長し,円状の粒子となる(写真(a)).これは写真(a),(d)に挿入した結晶化前後のYSZ薄膜の制限視野回折図形からYSZ薄膜の結晶化に対応している(回折スポットの出現).この粒状の結晶化領域は,基板へ向かって膜厚方向に成長すると同時に,表面に沿って薄膜面内方向にも成長する(写真(b)).そしてSi基板と接した瞬間,Si基板深さ約50nm以内の表面領域に歪みコントラストが発生する(写真(c)).結晶化は界面に沿って薄膜面内方向に進行するが,これに同期して歪みコントラストがSi基板表面領域を伝搬する(写真(d)).特に結晶化領域の最先端部直下において,半円状の強い歪みコントラストが発生し,その後方には長い楕円型の弱い歪みコントラストが続いている.結晶化した瞬間Si基板表面領域に強い歪みが発生し,その後歪みが部分的に緩和されたと考えられる.以上の結果は,薄膜の結晶化に伴ってSi基板表面,すなわち,FET型トランジスタのキャリア伝導パスであるチャネルに歪みを発生させるまさにその瞬間を視覚的に明らかにしたものであり,薄膜の構造評価における高温その場断面TEM観察法の有効性を示している.

(装置・撮影条件)JEM─200CX・200kV(JEOL),2軸傾斜加熱ホルダー,ビデオ撮影

(出品者所属・氏名)(東京工業大学)木口賢紀・脇谷尚樹・篠崎和夫・水谷惟恭

(撮影者所属・氏名)(東京工業大学)木口賢紀

<選評>

基板上に成膜された非晶質YSZ薄膜の加熱による結晶化の過程をその場観察によって捉えた作品である.その場観察は,観察されたある瞬間がどのような経緯を経た状態であるかを客観的に示すことができる点で優れた研究手法であり,その重要性はいまだに大きい.本研究においても,結晶化が膜表面近傍で始まり,基板近傍に及ぶとともに膜/基板界面で格子歪みに伴う回折コントラストが発生している様子が捉えられている.昇温に伴う試料ドリフトへの対応や,結晶核の形成部位を視野に捉えるなど,本観察には高い観察技術と多くの努力を要したことがうかがわれる労作である.


<最優秀賞>CBED法による粒界近傍の格子ひずみ計測

(写真の説明)セラミックス材料では,粒界の構造や偏析元素が材料特性に大きく影響することが知られている.しかし,粒界の特性に関しては未解明な点が多い.本研究では,サファイア双結晶を用いることによって,粒界の原子構造解析および粒界近傍の格子ひずみの計測を行い,これらの関係を解明することを目的とした.サファイア双結晶は,任意の方位関係となるように高純度サファイア単結晶からブロックを切り出し,接合面を機械研磨さらにメカノケミカル研磨によって平坦に加工した後,大気中1500℃,10hの条件下で拡散接合により作製した.今回示したサファイア双結晶は,共通回転軸を[0001]軸として[11─00]方向を鏡面対称となるようにそれぞれθ=10.9°回転させた対称傾角粒界である.この粒界の傾角2θ=21.8°はCSL理論に基づく方位関係を有する粒界であり,Σ21に分類される幾何学的整合性の高い粒界である,これを観察方向が[0001]方向となるように断面TEM試料を作製し,観察に供した.図(a)に粒界の断面TEM像を示す.この像からアモルファス相や第二相の存在しない,結晶同士が直接接合している理想的な粒界が得られていることが分かる.図(b)にサファイア[0001]入射で得られるHOLZパターンを示す.用いた電子線プローブ径はφ7nmである.図中に示したHOLZ線の交点間の距離の比d/eを測定することによってa面間隔の変動を高精度に計測できる.これによって粒界近傍の格子ひずみ分布を計測した結果を図(c)に示す.ここに示したのは,最も変動の大きい粒界面に対して平行に近いa面間隔の変動である.この粒界には粒界近傍およそ100nmに及ぶ範囲で格子ひずみが存在することが明らかとなった.この粒界近傍の格子ひずみは,対称傾角粒界であっても非対称に分布することや,粒界に形成される構造ユニットに強く影響を受けることを明らかにした.

(装置・撮影条件)Topcon EM─002B・加速電圧200kV

(出品者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)齋藤智浩・平山 司,(東京大学)山本剛久・幾原雄一

(撮影者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)齋藤智浩

<選評>

セラミックス界面に残留応力の存在は当然のこことして予想されてきたが,本研究はCBED(収束電子線回折)法を用いてそれを定量的に実証した優れた研究である.格子定数の変化に敏感なCBED法の特性を利用した,格子歪みの研究例は幾つかあるが,本作品はその典型的な成功例と言えよう.特に,本研究では,サファイアの双結晶を測定試料としたことにより,界面を挟む両方の結晶粒子に対して観察に適切な結晶方位を得ることができている点も貴重である.0.1%以下の格子歪みを捉え,なおかつデータが非常に安定しており(偏差が小さく),界面の残留応力に関する定量的な議論が可能な信頼性の高いデータ採取がなされている.


<優秀賞>ナノ毛虫に変貌する六方晶酸化亜鉛

(写真の説明)酸化亜鉛は光触媒,カソード発光体,化学センサー,紫外レーザー材料等,幅広く利用されている.酸化亜鉛ナノ・マイクロ結晶の形態・配列の高次制御は重要であり,バルク材料にないスマートな機能の発現が期待される.本研究では,Zn(NO32・6H2Oを前駆体とし,ヘキサメチレンテトラミン(HMT,C6H12N4)の加水分解を利用した均一沈殿反応による酸化亜鉛微粒子の合成について検討した.[Zn2+]:[HMT]=1:1,[Zn2+]濃度を1mMに制御し,95℃で3h反応させ,六角柱状酸化亜鉛マイクロロッド(左上図)を得た.同条件で処理時間を76─192hまで長くすると,六角柱状結晶の特異的な溶解─再析出反応が進行し,発達したナノスクリュー構造を有するマイクロロッドに変貌した(右上図).このナノスクリューへの変換率はほぼ100%であり,下図のSEM写真のような円盤が剥離しそうな微細構造およびTEM写真のような単分散ナノサイズ毛虫状結晶も得られた.これらは,高比表面積を有し,優れた吸着特性等が期待される.

(装置・撮影条件)SEM(Hitachi S─4100L),TEM(JEOL JEM─2000EX),加速電圧15kV,200kV

(出品者所属・氏名)(東北大学)殷 シュウ・唐 清・佐藤次雄

(撮影者所属・氏名)(東北大学)殷 シュウ

<選評>

スクリュー構造を有するZnOの作製が可能であり,そのユニークな形状制御の指針を示したSEM写真である.この個性的な形状と大きな比表面積は,材料学的に興味深い.本観察結果は,多くの新たな研究課題を提供している点においても,意義深い作品と言えよう.


<優秀賞>カオリンのHRTEM観察とそれにより見つかった長周期多型

(写真の説明)カオリン(Al2Si2O5(OH)4)は窯業,製紙業などで大量に利用されている天然の粘土資源であり,その構造はSi四面体シートとAl八面体シートを単位層とした層状ケイ酸塩である.カオリン中には粉末X線回折により,産状・成因に依存した様々な密度の積層欠陥の存在が示唆されるが,その欠陥構造については今までほとんどわかっていなかった.その原因はカオリンが電子線照射にあまりに弱く,今まで積層構造を明らかにできるような高分解能TEM像の記録ができなかったためと思われる.今回このようなカオリン(多型としてはディッカイト)のHRTEM像の記録に成功し,また3層および5層の長周期多型(long─period polytype)の存在を初めて明らかにした.図中aはカオリン単位層のHRTEM像のシミュレーションとその結晶構造との対応を示す.層の回転あるいは観察方向により,図のような3種類のコントラストが表れる.bは積層欠陥のないディッカイトの2層周期構造をa軸から観察したものである(左下はノイズ処理をしていない元画像).cは3層周期の長周期多型で,矢印の部分で層間のずれに不整が見られる.dは5層周期の多型であるが,*の部分は1層分が欠落している.このような長周期多型の存在はこの試料が渦巻き成長によって形成されたことを示している.なおTEM試料はイオンミリング法で作製した.

(装置・撮影条件)日本電子JEM─2010(Cs=0.5mm)・加速電圧200kV,記録媒体 三菱MEM

(出品者所属・氏名)(東京大学)小暮敏博

(撮影者所属・氏名)(東京大学)小暮敏博

<選評>

 一般的に粘土物質は電子線照射ダメージが著しく,高分解能TEM観察が困難である,画像処理によって像質の補正処理を施し,サブナノオーダーで本来の構造上の特徴を捉えることに成功している.X線回折法等では得られない局所の構造欠陥を捉えた.本研究成果は,電子線照射に敏感な粘土物質についても高分解能TEM観察が可能であることを実証している点で,価値は高い.こうしたデータが示されたことにより,同様のTEM観察による微構造解析が加速されることが期待される.


<優秀賞>ZnO結晶のVLS(Vapor─Liquid─Solid)成長過程

(写真の説明)近年,酸化亜紛(ZnO)は光機能材料として注目されており,高い制御性を有するウイスカやナノ構造薄膜が盛んに研究されている.ここに示す結果は,中央部にAuペーストを塗布した相対密度60%のZnOセラミックス線材(1mm×1mm×15mm)を,空気中で通電加熱した際に成長したZnO結晶をSEMで撮影したものである.先端が丸いZnO結晶を基板とし,その側面から等間隔に先端が丸いZnO結晶が成長していた.基板となっているZnO結晶の先端に移るにつれて,側面から成長している結晶の長さが直線的に減少していた.これらの結晶は,特徴的な形状からVLS機構によって成長したと考えられる.

(装置・撮影条件)走査型電子顕微鏡JEOL JSM─5510,加速電圧25kV

(出品者所属・氏名)(長岡技術科学大学)湊 賢一・岡元智一郎・高田雅介

(撮影者所属・氏名)(長岡技術科学大学)湊 賢一

<選評>

観察された材料は,人為的に制御されたとさえ思わせるほど,極めて高い形状規則性を示している.櫛様の突起がほぼ完全な等間隔で配列し,その長さが完全に直線的に変化している.この観察結果は,結晶成長学的視点においても大変興味深い. また,この写真に示された高度な形状制御が実現されれば,新しい材料応用を予感させる.将来にむけて発展性のある研究成果である.


<優秀賞>TEM内その場観察法を用いたサファイアの破壊過程の直接観察

(写真の説明)構造セラミック材料における破壊現象の機構解明を目的として,サファイア(α─アルミナ単結晶)におけるき裂進展過程の直接観察を試みた.TEM内で試料にき裂を直接導入するために,ピエゾ駆動式応力印加ホルダーを用いた.イオン研磨を用いて先端を鋭利にしたタングステンワイヤー圧子をホルダーに装着し,TEM内で試料に応力を印加した.室温において[22─01]方向に圧子を打ち込んだ結果,同方向にき裂が進展した.図(a)にき裂の明視野像を示す.室温でのき裂進展にもかかわらず,破面近傍で(11─02)面に沿って転位が生成していることが明らかとなった.図(b)の模式図に示した(1─012)面を破面としてき裂が進展した際に,き裂先端より転位が放出されたものと考えられる.この結果は,脆性材料とされるサファイア中の破壊過程において,き裂先端近傍での転位生成がエネルギー解放機構として重要な役割を果たしていることを示唆している.

(装置・撮影条件)JEOL JEM─4010(400kV),ピエゾ駆動式応力印加TEMホルダー,JEOL JEM─2010HC(200kV)

(出品者所属・氏名)(東京大学)佐々木健夫・田中智史・山本剛久・松永克志・幾原雄一

(撮影者所属・氏名)(東京大学)佐々木健夫

<選評>

筆者らが開発した手法を用いることによって,試料を真空環境から出さずにフレッシュな状態で,破壊に伴って発生した転位が観察されている.転位は,完全に亀裂に沿って形成されており,観察された転位が亀裂の生成と深く関わっていることを明確に示している.この観察結果は,電子顕微鏡内で亀裂形成された後に,一切の外場が印加されていない点が重要であり,説得力のある写真として評価できる.


<優秀賞>成形時の顆粒変形の三次元観察

(写真の説明)我々は独自に開発した技術により,セラミックス成形金型内の原料顆粒の充填構造やそれらの変形挙動を三次元的に観察することに成功した.セラミックス内部の粗大欠陥の多くは成形時にすでに存在すると推測されている.粗大欠陥発生の原因解明には,成形金型内での原料顆粒の未充填や個々の原料顆粒の変形挙動が重要である.ただし,成形金型内部の様子,特に顆粒充填し荷重を負荷した直後の様子はブラックボックスであった.今回新たに開発した観察手法は,粗大欠陥発生原因を解明する上で重要な鍵を握ると考えている.

 本観察方法の特徴は,成形金型中で原料顆粒を特殊な樹脂により固化し,これを共焦点走査型レーザー顕微鏡で観察することである.特に次の3つの技術を用いている.(1)内部の様子を観察するために,セラミックスと同じ屈折率の樹脂を用いて透明化している.これは,屈折率を合わせることによって界面での光の散乱が抑止される原理を使用している.(2)樹脂に蛍光染料を混ぜ,これをレーザー蛍光顕微鏡で観察することにより,原料顆粒間に存在する樹脂が明るく光る,いわゆる“ネガ像”を得ている.明暗から変形時の原料顆粒内の一次粒子の移動の様子までも判断できる.(3)観察には共焦点光学系を用いることにより,内部の特定の断面の観察が可能で,断層観察も行うことができる.

 写真の試料は,スプレードライ法で作製したアルミナ原料顆粒である.アルミナの屈折率は1.77である.含浸樹脂には,ビス─4ビニールチオフェニルサルファイド(MPV樹脂,屈折率1.74,住友精化(株)製),蛍光染料には,ナイルレッドを用いた.成形圧力は2.57MPaであり,これは,予め求めた単一顆粒の変形強度と同じ条件である.写真より,顆粒同士の接触や顆粒架橋による空隙の生成,非加圧顆粒の様子がよくわかる.

(装置・撮影条件)共焦点走査型レーザー蛍光顕微鏡(FLUOVIEW OLYMPUS)

(出品者所属・氏名)(長岡技術科学大学)加藤善二・田中 諭・内田 希・植松敬三

(撮影者所属・氏名)(長岡技術科学大学)加藤善二

<選評>

アルミナ粉末をスプレードライ法で造粒した顆粒の三次元観察を,新たな観察手法を開発し多くの観察ノウハウを蓄積して得た作品である.ここには,従来の観察手法では得られない新しい重要な知見を含んでおり,成形体作製の条件検討に重要なイメージを提供するもので,視覚情報の有効性が上手く利用されている.


<優秀賞>窒化ケイ素のモアレパターン

(写真の説明)α─Si3N4に助剤として17.4wt%のY2O3と2.3wt%のSiO2を加え,1750℃で1時間ホットプレスした焼結体は,β─Si3N4とYSiO2N粒界相からなり,マトリックス相であるβ─Si3N4とYSiO2N粒界相の界面が弱く,ブリッジングやプルアウトを起こしやすくなるため高靱性を示す.このβ─Si3N4とYSiO2N粒界相の間の界面構造を観察しているとき,偶然β─Si3N4粒子中に,ハニカム形状のモアレバターン(下写真)が観察された.左の写真は□部分の拡大写真である.観察時の電子線はβ─Si3N4の[0001]に平行に入射させている.

(装置・撮影条件)日立H─8100T(TEM),加速電圧;200kV

(出品者所属・氏名)(大阪大学)楠瀬尚史・関野 徹・新原晧一

(撮影者所属・氏名)(大阪大学)楠瀬尚史

<選評>

窒化ケイ素焼結体の中に確認されたモアレパターンである.このモアレパターンは,方位が若干ずれた二つの結晶粒が電子線に対して重なっている場合に見られる干渉像であり,その像中には幾何学的な模様がしばしば現れる.結晶成長や格子欠陥の存在など結晶学的に意味のある情報を含んでいると思われ,解析が待たれる.写真としても面白い.


写真賞トップぺージに戻る