第31回セラミックスに関する顕微鏡写真展  日本セラミックス協会学術写真賞入賞作品

本年度は,17作品の応募があり,選考の結果最優秀賞2点と優秀賞4点が選出された.また,本年度は,応募作品の品質向上と多様化の傾向の中で,十分に時間を掛けた受賞作品の選考が可能となるように選考手続きを大幅に更新した.新しい選考手続きによって,「データの新規性・独創性」,「学術的価値の高さ」,「撮影技術や試料作製技術の高さ」,および「美的水準」の観点から,以下の6作品が受賞作品として選抜された.


<最優秀賞>ツイスト状カーボンナノコイルから成長したダブルヘリックス状カーボンマイクロコイル(CMC)

(写真の説明)アセチレンをFe-Ni-Cr系触媒存在下で熱分解すると,種々の形態をしたカーボンマイクロコイル(CMC)やナノコイル(CNC)が得られる.この写真は,1個の触媒粒から反対方向に2本のツイスト状ナノファイバーが成長し,これが途中で互いに巻き合い,最終的に1本のダブルへリックス状カーボンマイクロコイル(CMC)に成長したものである.成長点は,ダブルコイルの先端(触媒粒)である.このような成長パターンは非常に珍しい.

(装置・撮影条件)走査型電子顕微鏡,日立 S-4300,15KV

(出品者所属・氏名)(岐阜大学)楊 少明・陳 秀琴・元島栖二

(撮影者所属・氏名)(岐阜大学)楊 少明

<選評>

大変像質の高いSEM写真である.本作品では,主題であるダブルヘリックス構造を示す写真として,最適な視野が選ばれている.触媒を起点として巻き方向の異なるカーボンマイクロコイルの生成を示した本作品は,炭素物質の新しい科学の芽を感じさせる.こうした美的に優れた写真には,重要な情報が含まれていることが多いものである.また本作品は,カーボンマイクロコイルの合成制御に関わる知見も含んでいると思われ,材料応用分野への波及効果も大きいと思われる.


<最優秀賞>ピラーの自己組織化による錐形構造の形成

(写真の説明)試料はゾル─ゲル法で作製したチタニア─有機ハイブリッド材料である.この材料はチタンアルコキシドとβ─ジケトンを原料として形成されるキレート構造を有しており,400nm程度の波長の光を露光することによって,キレート環の分解,Ti-O-Ti結合の形成が起こる.光化学反応により未露光部と露光部の2-ethoxyethanolへの溶解度が異なることを利用して未露光部を除去し,光微細加工することが可能である.フェムト秒レーザーからの800nmの光を干渉させることによって得られる二次元周期分布配列した光を露光することによって左上図に示す正方格子状に周期配列した構造体が形成できた.これは計算された干渉光の光強度分布を反映している.また,作製した材料は800nmのところに一光子吸収はなく,二光子吸収によって上述の反応が進行したものといえる.作製した構造を20°上方から観察したものを右上図に示した.高さ1.4μmのピラーが周期的に配列している.また,露光時間や露光エネルギーを小さくすることによって左下図(上面)および右下図(20°上方)に示す錐形構造体が形成された.これらの図では2×2本のピラーが自己組織化により上部で寄り集まって,新しい周期性を有する錐形周期構造を形成している.レーザー露光条件のみでなく,露光前の膜厚の厚さ,現像後に行うリンス液の種類を選択することによって3×3,3×4本のピラーからなる錐形構造体が形成できることが明らかになった.このような二次元周期的に配列した錐形構造が自己組織化によって形成できることはこれまでほとんど報告されていない.これらの構造体は材料の屈折率の高さを生かし,異なる位置にバンドギャップを有するフォトニック結晶や部分的に欠陥を導入するためのテンプレートとして応用できるものと考えられる.

(装置・撮影条件)走査型電子顕微鏡(JEOL,JSM─6700FT),加速電圧10kV

(出品者所属・氏名)(東京工業大学)瀬川浩代・矢野哲司・柴田修一・(北海道大学)三澤弘明

(撮影者所属・氏名)(東京工業大学)瀬川浩代

<選評>

材料の周期構造を示すSEM写真はしばしば目にするが,本作品に示された錐形構造物は,とりわけ高い周期性を持っておりインパクトがある.また,本材料が自己組織化によって形成された構造としては,極めて高い構造規則性を有していることに驚かされる.この作品に示された形状制御技術は,多くの分野で応用できる高いポテンシャルを持っていることを強く感じさせる.


<優秀賞>陶磁器上で虹彩を放つ新規な結晶釉

(写真の説明)日本では古くから織部釉,志野釉,天目釉と言った釉薬が作られ陶磁器を美しく飾ってきた.釉薬の中でもはっきりと結晶の模様がわかるものは結晶釉と呼ばれている.当研究所では,従来の結晶釉とは明らかに異なる多辺形で,万華鏡のごとく光り輝く結晶釉の作製技術を確立させ,新虹彩結晶釉と命名した.この技術は,鉄釉や石灰亜鉛釉に特殊なタングステン化合物を添加することで釉表面に0.02〜30mm程度の結晶を析出させるものである.右下図に新虹彩結晶釉を施した茶碗を載せた.析出する結晶の形状は様々で,樹枝状(a),板状(b),星型状(c〜e)などがある.結晶側面にはステップ(f〜h)が観測され,結晶成長は層成長により進行していると思われる.結晶相の同定は,釉層の粉末および結晶表面を直接観察する2種のX線回折により行った.粉末X線回折からはCaWO4の存在が確認され,表面のX線回折からはこれらがc軸配向していることが分かった.

(装置・撮影条件)偏光顕微鏡 (Nikon社製ECLIPS E600-POL)

(出品者所属・氏名)(岐阜県セラミックス技術研究所)立石賢司・林 亜希美・尾石友弘

(撮影者所属・氏名)(岐阜県セラミックス技術研究所)立石賢司

<選評>

新規に開発した技法によって,茶碗の表面に鮮やかな色彩を放つ極めて美しい模様の結晶釉が形成されている.本作品は,偏光顕微鏡写真としてその美しさを見事に表現した美的水準の高い作品であり,学術的にも優れた作品である.


<優秀賞>YBCO超電導線材に侵入する磁束量子の電子線ホログラフィーによる観察

(写真の説明)第II種超電導体に下部臨界磁場以上の磁場を印加すると磁束量子が侵入する.この磁束量子は粒界や転位などの欠陥によってピン留めされており,欠陥の分散具合が超電導特性を支配することが知られている.したがって,ピンニングと欠陥との関係を明らかとすれば,超電導特性の更なる向上を得るための知見を得ることができる.

 そこで,実用長尺線材として作製されたYBCO線材に侵入する磁束量子を電子線ホログラフィーにより可視化することを試みた.この線材はハステロイ基板上にバッファー層としてGd2Zr2O7およびCeO2が積層され,その上にPLD法によりYBCO層が製膜されている.この線材から,集束イオンビーム法により厚さ約3μmの透過型電子顕微鏡(TEM)観察用の断面試料を抽出した.このTEM試料を冷却ホルダーに固定した後にTEM内で冷却し,ホログラフィー電子顕微鏡を用いてYBCOに侵入する磁束の観察を行った.なお磁場の印加は,電子顕微鏡のレンズが発生する垂直磁場を用いた.

 図(a)は磁場(約2 T)を印加しながら30 Kまで冷却し,その後,無磁場としたときの試料端近傍の干渉顕微鏡像を示している.真空領域から試料端面に向け磁力線が存在していることがわかる.これは,高磁場中に置かれた超電導状態のYBCOに磁束量子が侵入するが,磁場印加をやめ無磁場になっても,YBCO内のピンニングセンターにより磁束量子がYBCO内に留まっていることを示している.このピン留めされた磁束量子が試料端面より磁力線となって真空領域に漏洩している.さらに,無磁場のまま常伝導となる臨界温度(88 K)より高い120 K付近まで温度を上昇させながら観察したところ,図(b)に示すように磁力線が消滅していることが判明した.このことからも,図(a)で見られた磁力線は,超電導体中に存在する磁束量子が真空領域に漏洩したことによると判断できる.

 なお,本研究は,超電導応用基盤技術研究開発業務の一環としてNEDOの委託により実施した.

(装置・撮影条件)Hitachi HF-2000・加速電圧 200kV

(出品者所属・氏名)((財)ファインセラミックスセンター)福永啓一・加藤丈晴・平山 司,((財)国際超電導産業技術研究センター)山田 穣・和泉輝郎・塩原 融

(撮影者所属・氏名)((財)ファインセラミックスセンター)福永啓一

<選評>

電子線ホログラフィー法は,電場や磁場を直接観察するための手法としてしばしば用いられる.本作品は,実用レベルにある超電導線材を対象として,超電導体内に侵入した磁束量子を定量的に観察することによってその特性発現機構を解明する斬新な試みである.電子線ホログラフィーの高い観察技術と学術的に意義深い観察結果を含んでいる.


<優秀賞>TEM内その場破壊実験によるYSZの破壊過程の直接観察

(写真の説明)イットリア安定化ジルコニア(YSZ:ZrO2-9.6mol%Y2O3)における破壊機構の解明を目的として,TEM内その場破壊実験によるき裂進展過程の直接観察を試みた.ピエゾ駆動式応力印加TEMホルダを用いて,Arイオン研磨により先端を1μm程度に尖鋭化させたタングステン圧子を室温でTEM試料に導入し,YSZ単結晶をへき開破壊させた.圧子の導入後,直ちに透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行い,破壊表面近傍の転位組織の解析を行った.[001]入射近傍より撮影された破面の暗視野像を(a),(b)に示す.[110]方向に導入された圧子によって湾曲したき裂が生成し,破面近傍には周期的に配列した転位が観察された.(b)に示した転位は詳細なg・bアナリシスにより,b=±(a/2)[01_1]のバーガースベクトルを有する混合転位であることが明らかとなった.また,(b)と異なる回折条件で撮影された暗視野像(c)([011]入射近傍)において,転位間隔と一致する周期的なコントラストがき裂表面に存在することが分かる.これはき裂先端での転位生成の際に形成された表面ステップに対応するものと考えられる.事実,(c)の右端におけるき裂表面にはステップと考えられる凹凸が存在している.(d)の模式図に示すように,き裂進展に伴いき裂先端より後方へ放出された転位は主すべり面である(100)面上をすべり運動により移動したものと考えられる.これらの結果は,脆性材料とされるYSZの破壊過程においても,き裂先端における塑性変形がエネルギー解放機構と密接に関係していることを示唆している.

(装置・撮影条件)JEOL JEM-4010(400kV),ピエゾ駆動式応力印加TEMホルダ JEOL JEM-2010HC(200kV),HITACHI H-800(200kV)

(出品者所属・氏名)(東京大学)佐々木健夫・田中智史・松永克志(現:京都大学)・ 山本剛久・幾原雄一

(撮影者所属・氏名)(東京大学)佐々木健夫

<選評>

本作品は,ジルコニアセラミックスの破壊過程を,TEM内でその場観察したものである.破壊によって形成された転位の配列構造ならびにそのバーガースベクトルの同定に成功しており,観察技術および学術的観点の両方において優れた作品である.


<優秀賞>ジルコニアナノロッド分散YBCO超電導層

(写真の説明)超電導線材を用いてモーター,コイル等の超電導機器開発を行うには,高磁場中で高い超電導電流を維持できる線材を開発することが不可欠である.そのためには,超電導層中に磁束のピン留め点を形成する必要がある.高磁場中で電流を維持できるYBa2Cu3O7-x(YBCO)線材を製造するため,配向セラミックスバッファ層(CeO2/Gd2Zr2O7)を有する金属基板上に,人工ピンニングセンターとしてナノサイズのBaZrO3(BZO)ロッドを分散させたYBCO層を成膜した.図(a)にBZOナノロッドが分散したYBCO層の断面TEM写真および,(b)に(a)で示したYBCO層からの電子回折図形を示す.図(a)の矢印はYBCO結晶粒界を示す.BZOナノロッドは,CeO2層からYBCO層表面まで到達し,YBCO層にほぼ均一に分散している.電子回折図形からYBCO層とBZOの間に(001)YBCO//(001)BZO,(100)YBCO//(100)BZOの結晶学的方位関係が存在することが分かった.BZOはYBCOとの間に以上のような結晶学的方位関係を有するため,モアレ縞として現れている.BZOナノロッドが分散したYBCO層では,特に,基板に対して鉛直方向に磁場が印加される場合(B//c),BZOナノロッドが形成されていないYBCO層と比較し,非常に高い超電導特性を維持している.

 また,金属基板上のセラミックス多層膜であるため, TEM試料作製法として集束イオンビーム(FIB)法を用いた.その後, Arイオンによるイオンシニングにより, TEM試料表面のFIBダメージ層を除去した.FIBダメージ層を除去することにより,BZOナノロッドを鮮明に観察することができた.

謝辞:本研究は,超電導応用基盤技術研究体の研究として,ISTECを通じて,NEDOの委託により実施したものである.

(装置・撮影条件)TOPCON EM-002B・加速電圧200keV

TEM試料作製装置:HITACHI FB2100FIB装置(加速電圧40keV),Gatan Dual Ion Milling(加速電圧2keV)

(出品者所属・氏名)((財)ファインセラミックスセンター)加藤丈晴・佐々木 宏和・平山 司,((財)超電導産業技術研究センター)小林 広佳・山田 穣・和泉輝郎・塩原 融

(撮影者所属・氏名)((財)ファインセラミックスセンター)佐々木宏和

<選評>

膜厚方向にロッド状に成長したBaZrO3は,磁束量子のピン止め点として理想的形態を有している.こうした形状の非超電導相が自己組織化的に形成されていることは驚きであり,見る者の学術的興味を誘起する.また,集束イオンビーム法を用いた高いTEM観察試料作製技術によって,広い範囲に渡って均一な観察を可能にしている.


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