第28回セラミックスに関する顕微鏡写真展  日本セラミックス協会学術写真賞入賞作品

本年度の応募作品は史上最高の37点の応募に達した.透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いた観察例がほとんどである.審査は例年どおり学術写真賞の選考マニュアルにしたがって行われた.最初に応募総数(37)から最優秀賞1作品,優秀賞6作品の計7作品を選出することを決定した.審査は一次,二次の二回に分けて行われた.一次審査では全応募作品の中から各委員がそれぞれ6作品を選び,得点の多い10作品までを選出した.二次審査ではその10作品すべてに対する各委員の意見表明および討論を行った後,各委員持点10点,1作品最高5点を条件に投票を行った.投票後,各作品の合計得票を集計し,得点1位の作品を最優秀賞に,2位から7位までの作品を優秀賞とした.受賞作品とその受賞理由は次のとおりである.


<最優秀賞>Pt粒子が創るメソポア

(写真の説明)貴金属担持触媒の活性点である貴金属微粒子の挙動や担体物質との相互作用を理解することは重要である.ここに示す結果は,Pt担持ゼオライト触媒の高温処理過程において,Pt粒子がゼオライト結晶の表面から内部に侵入するという現象を,透過型電子顕微鏡(TEM)により捉えたものである(写真(a)).

 一般にゼオライトは電子線照射によって容易に損傷する物質であり,TEMによる微細構造解析は困難である.そこで,通常の電子線照射条件の約20分の1以下という極めて弱い電子線により観察を行い,試料本来の姿を捉えることを試みた.その結果,侵入したPt粒子はゼオライト結晶面に沿って移動する傾向があり,周辺のゼオライト結晶は維持されていることが分かった(写真(b)).さらに写真(c)は,Pt粒子が移動した軌跡の断面形状を観察した結果である.Pt粒子の軌跡がnmサイズの空洞(メソ細孔)状態にあり,その内壁面はゼオライト骨格構造を反映した状態にあることが分かる.

 nmサイズの細孔をもつメソポーラス物質は,触媒・吸着剤・電子デバイス等の幅広い分野での用途が期待され,盛んに研究が行われている.本現象は,ゼオライト等の固体物質の内部にメソ細孔を形成・制御する技術としての可能性を有する.

(装置・撮影条件)透過型電子顕微鏡(日本電子JEM-2010),加速電圧200kV

(出品者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)加藤仁志・佐々木優吉,(トヨタ自動車)南 充・金沢孝明

(撮影者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)加藤仁志・佐々木優吉

<選評>

 Pt粒子がゼオライト結晶の表面から内部に侵入する現象を透過電子顕微鏡で観察した作品である.ぜオライト結晶は電子線照射に弱く,その微細構造の高分解能観察は極めて困難な材料として知られているが,本作品はPt粒子が侵入した状態のゼオライト微細構造を原子レベルの高い分解能で,しかも断面および平面の両方向から鮮明に観察している.貴金属微粒子触媒と担体物質の相互作用を理解する上で重要な知見を提供してくれる学術的価値の高い作品であり,また,撮影技術の両面でも優れているという二点から圧倒的多数の票を得て最優秀賞作品に選ばれた.


<優秀賞>クリスタルフラワー

(写真の説明)ZnOは光電性,透明導電性,圧電性,ガス敏感性など優れた特性を持つ物質で,紫外レーザー材料からガスセンサーまでさまざまの機能材料として幅広く研究開発されている.機能材料の研究は従来のバルクの組成,微構造からナノ効果(ローディメンション)に移っている.ZnO薄膜,ウィスカー,ナノ結晶も多く研究されている.

本研究は前駆体金属有機物Zn(C5H7O2)2を用いて,MOCVDにより配向性ZnOウィスカーを造った.基板温度や気化温度など条件のコントロールによって普通の針状のウィスカーができるが,この写真に示した通りに,咲いた花のようなウィスカーもできる.これによって,異なった形状を持つ配向ウィスカーの特別な機能性を開発できる.特に,マイナス曲率の花の芯は期待できる.

(装置・撮影条件)SEM(JEOL-JSM5800),15kV/55μA,10000倍(スケール:2μm)

(出品者所属・氏名)(北京航空航天大学)袁 洪涛・張 躍

(撮影者所属・氏名)(北京航空航天大学)袁 洪涛

<選評>

ウィスカー状に成長したZnOの結晶構造を走査電子顕微鏡内で真上から観察した貴重な写真である.ZnO結晶の先端部の微細構造やウィスカー中心部にできた空洞が見事に再現されている.ZnOは光電性,透明伝導性,圧電性,ガス敏感性など優れた特性を持つ物質で,その特性は結晶構造に大きく依存すると言われている.特に微粒子やウィスカーはその傾向が強いため特定の機能を狙ったナノ構造の制御が図られている.本作品はそのような最先端材料研究の成果を映像化しもので,その画像の美しさと材料の新規線が高く評価された.


<優秀賞>ジルコニア薄膜の柱状粒界形成過程のその場観察

(写真の説明)写真1〜5はPulsed-Laser Deposition(PLD)法により,約1.4nmの自然酸化膜付きの(001)Si基板上に成膜した非晶質YSZ薄膜の結晶化過程をその場観察した一連の断面TEM像である.写真6は写真5の粒界部の格子像である.成膜用ターゲットの仕込み組成は8mol%Y2O3─ZrO2(YSZ),成膜温度は室温,酸素分圧5×10-4Torrである.2軸傾斜加熱ホルダーを使用して室温より10℃/minで昇温したところ,約320℃で,暗いコントラストの非晶質YSZ薄膜の結晶化が開始した(青矢印).写真1の白いコントラストの領域が結晶化したYSZ層である.写真2は反対側から進行してきた結晶化領域と接触する直前の様子である.写真3でYSZ層表面側から二つの結晶化領域の接触が始まり,写真5で柱状粒界の形成が完了する(緑矢印).結晶化は膜の面内方向に10nm/s程度の速度で進行したが,Si基板には何らコントラストの変化はみられなかった.したがって,結晶化の際,基板に歪みが発生しないことを示している.写真6は加熱観察後の試料の粒界構造を高分解能TEMで観察した格子像である.粒界には第2層などは存在せず,二つの結晶粒が直接接合していることが分かる.また,一つの結晶化領域内の結晶方位は均一である.観察用試料は膜面の張り合わせによる低角度イオンミリング法で作製した.

(装置・撮影条件)透過型電子顔微鏡;JEM-200CX・JEM-2010F,加速電圧;200kV(JEOL),加熱:2軸傾斜加熱ホルダーmodel 652(Gatan),室温〜320℃,撮影:TVレートカメラmodel 622sc(Gatan),ビデオレコーダー

(出品者所属・氏名)(東工大)木口賢紀・脇谷尚樹・篠崎和夫・水谷惟恭

(撮影者所属・氏名)(東工大)木口賢紀

<選評>

 Pulsed-Laser Deposition(PLD)法によりSi基板上に成膜した非晶質YSZ膜の結晶化過程を透過電子顕微鏡内で300℃の高温に加熱しながら観察した例である.アモルファス状のYSZが加熱によって結晶化する様子,その結晶化にともない二つの結晶化領域間に柱状粒界が形成される様子が鮮明に観察されている.特に,形成された結晶粒界の高分解能透過像はその原子レベルの超微細構造を忠実に再現している.また,粒界には第2層が存在しないこと,Si基板には歪みなどの不具合が発生しないことなど,Si技術上,有用な知見も含まれていることが高く評価された.


<優秀賞>強誘電マイクロドメイン

(写真の説明)層状ペロブスカイト構造をもつチタン酸ビスマスBi4Ti3O12(BiT)は,非常に大きな自発分極(Ps)を示すことから,有害な鉛を含まない強誘電・圧電材料として期待されている.しかし現在までに得られているBiTの多結晶体バルクや薄膜では良好な分極特性は得られず,BiT本来の強誘電性を発現させるにはいたっていない.Biの一部をLaで置換したBi3.5La0.5Ti3O12(BLT)は,バルクおよび薄膜において比較的良好な分極特性が得られることが知られているが,その詳細は明らかではない.我々はセルフフラックス法によりBLT単結晶の育成に初めて成功した.写真はAFMを改良した圧電応答顕微鏡により観察した単結晶のドメイン構造である.導電性カンチレバーと下部電極間に16Vの交流電圧を印加し,圧電性に起因するカンチレバーのたわみ信号を検出することで,a-b面内のPsの方向(矢印)を決定した.BiTおよびBLTともに分極方向が90度異なる90度ドメイン壁と,180度異なる180度ドメイン壁が観察され,層状強誘電体のドメイン構造を初めて明らかにした.また,La置換によりドメイン構造が微細化しただけでなく,BiTでは見られなかった逆位相境界が観察された.La置換による分極特性の向上には,マイクロドメインと逆位相境界が重要な役割を果たしていることが分った.

(装置・撮影条件)圧電応答顕微鏡:セイコーインスツルメンツ・SPI3800N

(出品者所属・氏名)(東大)曽我雅之・野口祐二・宮山 勝

(撮影者所属・氏名)(東大)曽我雅之

<選評>

AFMを改良した圧電応答顕微鏡を用いて層状ペロブスカイト構造を持つチタン酸ビスマスのドメイン構造を初めて明らかにした作品である.導電性カンチレバーと下部電極間に交流電圧を印加し,圧電性に起因するカンチレバーのたわみを検出することで特定面内の自発分極の様子を見事にとらえている.また,Biの一部をLa置換した材料ではドメイン構造の微細化や逆位相境界の存在も確認されている.装置上の工夫とそれを有効に活用して得た鮮明な画像およびその画像から得られた情報の質の高さが評価され,優秀賞作品に選ばれた.


<優秀賞>特異な電気抵抗率特性を示すNiFe2O4ナノ粒子の無磁場中TEM観察

(写真の説明)パルス細線放電法で合成したNiFe2O4ナノ粒子の焼結体は,200〜270℃で電気抵抗率が1〜3桁のジャンプを示すという特異な特性(図a)を示すことが判明した.この特性を活用すれば,高感度温度・ガス・磁場センサーが開発できると期待されるが,その発現機構は分かっていなかった.さらに,NiFe2O4ナノ粒子は30〜50emu/gの磁化を持つフェリ磁性体であるため,高磁場ポールピース近傍に試料を挿入するTEMやFE-SEMでは磁場で粒子が飛散し,磁場が低いローレンツ電顕や汎用SEMでは倍率が低くて観察が不可能であった.

 3極ポールピースを持ち,試料位置での磁場ゼロのJEM-2000FX-II改造型を用いることで,その粒度分布,結晶化度を初めて測定することに成功した.試料は6kV充電した20μFのコンデンサーを,0.3と0.2mm径のFeとNi細線に通電し,200Torrの酸素中でプラズマ化・ナノ粒子化した.これをマイクログリッド上にとり,上記TEMで観察した.得られた明視野像と電子回折図形を示す.この粉末は直径5─100nmの球形あるいは自形を持つ多面体粒からなることが分かる.また,電子回折図形から,この粉末はNiFe2O4のほぼ単一相であり,熱処理なしに結晶化したことが判明した.

(装置・撮影条件)TEM(JEM-2000FX-II改造型),加速電圧200kV,磁場0T,lP記録

(出品者所属・氏名)(長岡技科大)末松久幸・横山英明・八井 浄,(アルプス電気)大湊和也・金田吉弘

(撮影者所属・氏名)(アルプス電気)大湊和也

<選評>

NiFe2O4ナノ粒子は高温で電気抵抗率が高くなるという性質を持ち,温度センサーや,ガスセンサー,磁場センサーとしての応用が期待されている物質であるが,非常に磁化されやすいため強い磁場を持つ透過電子顕微鏡による微細構造観察は不可能と考えられていた.本作品は試料位置での磁場がゼロの特殊な対物レンズポールピースを搭載した透過電子顕微鏡を開発することにより,NiFe2O4ナノ粒子微細構造観察を成功した例である.NiFe2O4ナノ粒子の粒径,結晶性および粒内の微細構造が鮮明に観察されている.新材料開発における特殊な電子顕微鏡観察法の提案であり,その技術の新規性と将来性が高く評価された.


<優秀賞>ダイヤモンド─フラーレン相変態の高温高分解能その場観察

(写真の説明)ダイヤモンドナノ粒子を内包したフラーレンを高分解能電子顕微鏡内で約1300℃に加熱したときに観察された現象である.二層のフラーレンに囲まれているダイヤモンド粒子のファセットの一部(矢印)が崩れ,フラーレンの層がその部分だけ二層から三層に増えている.ダイヤモンドが部分的にフラーレンに変化した瞬間である.

 原子レベルの高い分解能を持つ透過電子顕微鏡で1000℃以上の高温の世界を覗くとこのような貴重な現象が観察できる.

(装置・撮影条件)日立H-9000NAR透過電子顕微鏡,加速電圧300kV

(出品者所属・氏名)(日立サイエンスシステムズ)矢口紀恵・佐藤高広・上野武夫,(東海大)和泉富雄・岩瀬満雄・

           佐藤慶介

(撮影者所属・氏名)(日立サイエンスシステムズ)矢口紀恵

<選評>

フラーレンに包まれたダイヤモンド微粒子の一部がフラーレンに相変態する様子をとらえた作品である.観察は1300℃という非常に高い温度で行っているが,ダイヤモンド粒子とフラーレンの結晶構造およびそれらの微細構造の経時変化が原子レベルの高い分解能で鮮明にとらえた作品である.得られた像が材料創製の謎を解き明かす上で有用な情報の一つであることと,その観察には高度な技術が必要であることの二点が高く評価された.


<優秀賞>珊瑚アルミナピラミッド

(写真の説明)RF-Sputtering蒸着技術と陽極酸化技術とを組み合わせたプロセスによりガラス基板上に作製した新規なポーラスアルミナナノ構造体である.この構造体は透明体であり,高密度の均一なナノ細孔(〜φ20nm)を含み,破断面に珊瑚状ナノチャンネル構造を持つ.さらに,このナノ構造体は担体として,ゾル─ゲル法でTiO2などの半導体を表面改質することにより,高性能光触媒,太陽電池,多機能界面活性電極などの材料として利用できる.

(装置・撮影条件)Field Emission Scanning Electron Microscope(S-5000,Hitachi),加速電圧:10kV,出力電圧:3.8V,出力電流:10mA

(出品者所属・氏名)(物質・材料研究機構)  ?松竹,和田健二,井上 悟

(撮影者所属・氏名)(物質・材料研究機構)  ?松竹

<選評>

 RF-sputtering蒸着法と陽極酸化技術を組み合わせたプロセスによりガラス基板上に作製したポーラスアルミナ構造体を走査電子顕微鏡で観察した写真である.直径約20nmの細孔がアルミナ粒子全面に発生している様子が鮮明にとらえられている.また,観察は複数個の粒子について行っており,細孔が結晶面に依存せず,常に一定の径と一定の間隔で発生していることを丹念に証明している.材料微細構造制御の技術の高さと新規性およびその観察技術が高く評価された.


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