第32回セラミックスに関する顕微鏡写真展  日本セラミックス協会学術写真賞入賞作品

 本年度は,20作品の応募があり,選考の結果最優秀賞2点と優秀賞4点を選出した.本写真賞は,作品のレベルが年々高度化する傾向にある.本年度の応募作品も大変レベルが高く,それに伴って作品間の優劣の判定が大変難しくなってきた.上位十数作品はその何れが最優秀賞に選出されても不思議ではなく,ハイレベルであった.また,本年度の応募作品の傾向として,X線トポグラフィーによる観察や近年TEM試料調整法として普及がめざましいFIB法を用いた試料の観察など,新しい観察技術を取り入れた作品が応募作品中に顔を出し始めた.特に,前者は学術写真賞の間口を広くした点において貴重である.一方,写真そのものの価値もさることながら,被写体の材料的価値が高く評価される傾向が見られた.セラミックス協会の写真賞としては好ましい傾向と言えよう.
 「データの新規性・独創性」,「学術的価値の高さ」,「撮影技術や試料作製技術の高さ」,および「美的水準」の観点から,以下の6作品が受賞作品として選抜された.


<最優秀賞>
非水系溶媒陽極酸化法で創成したTiO2ナノ試験管

(写真の説明)通常TiO2ナノチューブはフッ化水素を水に溶解した電解液中において金属Ti板を陽極酸化して合成される.しかしながら,フッ化水素の強い酸化力により管長が全体的に短く不揃いで径の大きなナノチューブしか合成できず,アスペクト比は10以下であった(左上).一方本研究では,0.1 wt%フッ化アンモニウムを添加したグリセリンを非水電解液として用い10 Vで12時間金属Ti板を陽極酸化した.得られたTiO2ナノチューブのアスペクト比は,100以上で長さも揃っており表面は非常に滑らかであった(右上).チューブの肉厚は10 nm以下であり(左下),通常の陽極酸化法に比べて1/4ほどなので光の透過率も大幅に改善された.加えて,ナノチューブ層は基盤から容易に外すことができ,チューブの底は半球状に閉じており(右下),TiO2ナノチューブはちょうど「試験管」のような構造を有していることがわかった.本方法を用いれぱ,フッ化アンモニウム濃度や電圧,酸化時間を適宜調整することで様々なサイズの酸化物ナノチューブを合成でき,今後,光触媒や色素増感太陽電池陽極材料への応用で特性向上が大いに期待できる.さらに,「TiO2ナノ試験管」を用いて貴金属超微粒子担持など工夫をこらせば特殊な反応場の中での酸化反応など合成化学の新たな展開が期待できるかもしれない.

(装置・撮影条件)走査型電子顕微鏡,日立S-5000,20kV

(出品者所属・氏名)(産業技術総合研究所)神 哲郎・池  波

(撮影者所属・氏名)(産業技術総合研究所)神 哲郎

<選評>

形状の揃ったTiO2ナノチューブ合成の成功を示すSEM写真である.物質形状の全体が理解しやすい組写真となっている.また,写真の面白さもさることながら,材料としてその形状均一性は興味深い.この写真から,関係分野の研究関係者に及ぼす影響の大きい波及効果の高い作品として評価された.


<最優秀賞>
Si/3C-SiC界面の断面TEM観察

(写真の説明)3C-SiCはその電気的特性より,高温・高電圧で動作する半導体デバイス材料として注目されおり,大口径の単結晶ウェハの作製技術が求められている.しかし,基盤に用いるSiとの格子ミスフィットが大きいため高密度の欠陥が発生する.デバイス作製に適した低欠陥密度の結晶成長のための知見が求められている.右写真は単結晶シリコン上にエピタキシャル成長した3C-SiCとSiの界面の断面TEM写真である.試料には,HOYA製のSi基盤付き3C-SiC単結晶を使用した.3C-SiCはAs-grownで厚さが300 pmほどあるため,界面部分の断面試料を作製するために,まず手研磨によりSi界面からの厚さが30 pmになるまで加工した.その後,FIBYOカッターで機械研磨し,さらにFIB加工を施し断面TEM観察用試料とした.欠陥分布の統計的な情報を得るため大面積の断面を得る必要があるが,試料全体に非常に大きな歪みが存在するため薄膜化過程で界面において容易に破壊する.界面での大きな歪み応力を逃がし,かつ薄膜内での歪みの発生を抑えるようFIB加工プロセスを工夫した.
 写真1は,TEM観察方向[011]のg=200で撮影したものである.Si/SiC界面近傍では,個々に分解できないほど高密度の欠陥の形成が観察されるが,界面から4pm程離れるとほとんどが{111}積層欠陥のみになる.これは,3C-SiC構造がせん亜鉛構造であり,すべり面が{111}であることに起因している.積層欠陥の変位ベクトルは=cd=b858112=cd=ba29であるためg=200で撮影することにより,全ての面の積層欠陥が同時に観察できる.観察方向に平行になる(111)と(111)が界面から特定の距離の面を横切る数を数えたところ(図1),界面から離れるに従ってほぼ同等に密度が低下した.個々の積層欠陥の相互作用を調べることにより,消滅機構が明らかとなりつつある.
(装置・撮影条件)試料加工:HITACHI FB-2000(加速電圧30kV)透過電子顕微鏡:日本電子JEM-200CX(加速電圧200kV)

(出品者所属・氏名)(名古屋大学)渡辺賢司・佐々木勝寛・黒田光太郎

(撮影者所属・氏名)(名古屋大学)渡辺賢司

<選評>

近年益々有用性を増しているFIB法で薄片化された試料を用いて観察されたTEM写真である.広い範囲で試料厚が均一な薄片試料の作製を可能とする高度なFIB加工技術を背景として,積層欠陥密度の定量的解析を可能としている.統計的な解析には適当でないとされているTEM法の新たな方向を示すものとして注目に値する.


<優秀賞>
高分解能TEM法を用いたDDR型ゼオライト結晶の成長速度異方性の解明

(写真の説明)DDR型ゼオライトは,結晶構造内に微細な細孔(楕円形:0.44 nm×0.36 nm)が存在し分子篩機能を有する.その多結晶膜は細孔を利用した分離膜となる.例えば,CO2(分子径0.33 nm)とCH4(分子径0.38 nm)の混合ガスでは,CO2が選択的に膜を透過する.分子篩効果を担う細孔が,(1)に示す高分解能TEM写真では自い点として捉えられている(右上図に示すゼオライト構造モデルの網掛け部が細孔).このTEM写真は,高感度フィルムを用いて通常の1/20〜1/30程度の低電子線照射量で撮影されており,世界ではじめて撮影されたDDR型ゼオライトの高分解能写真である.
 DDR型ゼオライトの結晶構造は菱面体晶(R−3 m,a=1.3860 nm,b=1.3860 nm,c=4.0891 nm,a=90゚,b=90゚,d=120゚)であり,単結晶粒子は特徴的な晶癖を有している.その結晶構造は,簡単のために通常Hexagonalセッティングで示される.(1)のような高分解能TEM観察を複数の方位から行ったところ,粒子表面は{1-101},{1-102},{0001}の三種類の結晶面から構成されていることが分かった.これら安定面によって囲まれる多面体は一義的に決定され,(2)に示す八面体となる.実際に観察された結晶粒子のSEM写真(4)と良く一致している.
 この八面体の形状は,そのまま結晶成長速度の異方性を定量的に示しており,DDR型ゼオライトを用いた分離膜開発における貴重な基本データとなる.

(装置・撮影条件)JEOL JEM2010・加速電圧200kV(使用フィルム:Kodak SO-163)

(出品者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)佐々木優吉・鈴木敏之

(撮影者所属・氏名)(ファインセラミックスセンター)佐々木優吉・鈴木敏之,(日本ガイシ)富田俊弘・谷島健二

<選評>

電子線照射によってダメージしやすいために,観察が困難とされるゼオライトの高分解能TEM写真が高い像質で撮影されている.DDR型ゼオライトのHRTEM像は,この写真が唯一であろう.こうした観察技術を背景に,DDR型ゼオライト結晶の結晶成長速度の異方性が捉えられており,高い観察技術が評価された


<優秀賞>3D chained network in Al2O3-GAP eutectic structure

(写真の説明)「複雑な」構造と表現することは造作もない.が,「複雑な」の表現は,構造の多様性を葬り去り,構造の本質を覆い隠す.一方向凝固Al2O3系共晶セラミックスの複雑な構造も,その例外ではなかった.
 Al2O3-GAPなどの一方向凝固共晶セラミックスは,融点直下まで強度が維持され,高温構造材料として応用が期待されている.この一方向凝固組織では,構成相はそれぞれ単結晶であり,複雑に絡んでいる.複雑な構造は,共晶セラミックスの成長機構,さらに高温特性に関係している.3次元構造を再構成するトモグラフィー(CT)は,透過型電子顕微鏡,走査型電子顕微鏡にはない「複雑さ」を観察する能力がある.
 SPring-8のBL-47XUのX線CTにより,一方向凝固Al2O3-GAP(成長速度:5 mm/h)の観察を行った.25 keVの単色光と0.5 pm/ピクセルの可視光変換型検出器を用い,750枚の透過像から3次元構造を再構成した.
 Al2O3相を除いたGAP相の再構成像では,貫通孔(赤矢印)やブリッジ(青矢印)が頻繁に観察された.貫通孔は,Al2O3がGAPを,ブリッジはGAPがAl2O3を貫いている.つまり,2相は鎖状につながっている.鎖状構造は,広く知られた規則共晶,不規則共晶では観察されず,共晶セラミックスの共晶組織を特徴づけた.
 鎖状,規則共晶,不規則共晶の構造は,従来の相配列の規則性ではなく,成長過程の枝分かれを基準に単純な整理が可能であった.2相がいずれも枝分かれしない系,1相のみが枝分かれする系は,それぞれ,規則共晶,不規則共晶の構造を形成する.一方,2相が頻繁に枝分かれをする系は,鎖状構造を形成する.今後,共晶成長機構の解明だけでなく,鎖状構造と残留応力,亀裂伝播などの力学的現象との関係も明らかにされると期待される.構造の多様性を考慮できる観察手法は,材料科学の発展に寄与する.

(装置・撮影条件)BL47XU,X線マイクロCT装置(可視光変換型検出器,0.5 pm/pixel),X線エネルギー25keV

(出品者所属・氏名)(大阪大学)吉田健太郎・安田秀幸・柳楽知也・吉矢真人,(JASRI)上杉健太郎,(宇部興産)和久芳春

(撮影者所属・氏名)(大阪大学)吉田健太郎,(現,住友電工)月原 望,(JASRI)上杉健太郎,(大阪大学)安田秀幸・柳楽知也

<選評>

材料の3Dでの微細構造観察が盛んに行われるようになってきた.この作品は,高輝度X線を用いることで,サブミクロンオーダーの空間分解能で100ミクロンメータサイズの厚い試料の3D構造再生を可能とし,それによって複雑な鎖状構造を明らかにしている.技術的新規性において高く評価された.


<優秀賞>
超薄膜化によるジルコニアの正方-単斜相転移の凍結

(写真の説明)試料は,(001)Si基板上にPLD法(成膜温度800℃,酸素分圧5×10−4 Torr)で[001]軸方向にエピタキシャル成長した無添加ZrO2超薄膜である.写真(a)は平面観察像と領域M1,M2,TにおけるDiffractogramである.なお,下地の結晶質Si基板層の無い領域を観察した.析出相M1,M2が単斜相,(M1,2と接していることから)マトリックスTが正方相であり,正方-単斜相転移が途中で凍結された状態が保存されていることを示している.M1,M2は5〜10 nm程度の大きさで,薄膜面内で[100]m,[010]m軸が相互に約90゚回転した方位関係にあり,90゚ドメインの核になっている.写真(b)はT/M1の界面領域の格子像をFourierフィルタリングした画像である.界面にはミスフィット転位は存在せず,整合界面を形成している.写真(c)(d)はそれぞれ[110],[100]Si晶帯軸方向から撮影した断面観察像で,平滑な表面,界面,均一な厚さのSiOx層を示している.○の領域のナノビーム回折図形より領域T,Mは各々正方相,単斜相のパターンを示し,写真(a)の領域T,M(1,2)に対応している.一般に,10 nm程度の薄膜においてもZrO2は室温で単斜相が安定なので,デバイス利用のためにはY2O3等の安定化剤を固溶し,酸素空孔や格子歪みによって正方相や立方相させる必要がある.しかし,ゲート絶縁膜など酸化物エレクトロニクスにおいては,安定化剤金属イオンや酸素空孔が様々な電気的欠陥として作用し,デバイス特性の劣化の原因となり好ましくない.本観察結果は,3 nmという超薄膜化によってナノ粒子同様にサイズ効果が働き,無添加のZrO2でも正方相を準安定化できることを実証したと同時に,無添加のZrO2薄膜における正方-単斜転移境界の構造を原子スケールで捉えた興味深い結果であると言える.

(装置・撮影条件)JEM-2010F・200kV(JEOL),Multiscan CCD Camera mode1794(Gatan)

(出品者所属・氏名)(東京工業大学)木口賢紀,(静岡大学)脇谷尚樹,(東京工業大学)田中順三・篠崎和夫

(撮影者所属・氏名)(東京工業大学)木口賢紀

<選評>

薄膜化や微粒子化によって表面を占める原子の割合が多くなると,本来安定ではない結晶相が準安定的に出現することが期待される場合があるが,本作品はそれを実証的に示した微細構造観察例である.また,本TEM写真は,準安定的に存在している相から安定相に転移している境界を捉えており,ジルコニアの相転移や非安定相が準安定的に出現する機構解明に貴重である.こうした学術的新規性が評価された.


<優秀賞>
溶媒揮発法を用いた高規則性メソポーラス金属の創製

(写真の説明)近年,界面活性剤を高濃度にしたときに発現するリオトロピック液晶相を直接鋳型にしてメソポーラス物質を合成する手法が提案され,電気化学ブロセスと融合させることにより,組成を金属まで拡張可能となってきた.最近,我々はエタノール等の揮発性溶媒で希釈した前駆溶液から,溶媒の優先的な揮発によるリオトロピック液晶の形成を経てメソポーラス金属を合成する手法(Evaporation-mediated Direct Temp1ating; EDIT)を提案した.この手法は,従来の加熱・冷却・エージング等の複雑なプロセスは不要であり,一段階でリオトロピック液晶を形成できる簡便なプロセスである.本試料は,EDITを用いて合成した(A)メソポーラスPt(Mesoporous Pt particles),(B)メソポーラスPtロッド(Mesoporous Pt nanorods),(C)メソポーラスPt-Ru合金(Mesoporous Pt-Ru alloy particles)である.
 (A):還元剤の気相輸送による金属析出を行い合成したメソポーラスPt粒子である.興味深いことに,メソ孔を形成する金属骨格は数nm程度のナノ粒子が連なって形成していることがわかった.高分解TEM観察より,各々のナノ粒子はPt fccの単結晶であり,更にナノ粒子をこえて同じ方向の格子縞が確認された.これらの結果,液晶中において,ある程度同一の結晶方位性を保ちつつ,Ptが析出していることが明らかになった.
 (B):陽極酸化ポーラスアルミナ(PAAM)のマイクロチャネル中に液晶を形成させ,還元剤の気相輸送により合成したメソポーラスPtナノロッドである.PAAMのマイクロチャネルを反映したロッド状の形態を有しているのが確認できた.ロッド内部には,規則的にナノオーダーで配列したメソポーラス構造が形成していた.
 (C):電解析出法により合成したメソポーラスPt-Ru合金粒子である.STEM-EDSマッピングにより,PtとRuそれぞれの元素が細孔壁中に均一に分散していることが明らかになった.

(装置・撮影条件)透過型電子顕微鏡(日本電子JEM-ARM1250・加速電圧1250 kV),(日本電子JEM-2010・加速電圧200 kV),走査型電子顕微鏡(日立HR-SEM S-5500・加速電圧20 kV)

(出品者所属・氏名)(早稲田大学)山内悠輔・黒田一幸

(撮影者所属・氏名)(早稲田大学)山内悠輔・高井あずさ・藤原峰一・高橋邦夫,(CREST JST)大砂 哲

<選評>

シリカ系のメソポーラス物質を鋳型として用いて,メソポーラス金属物質の合成を試みる例は多い.高い細孔配列規則性を有するPt系のメソポーラス物質が,界面活性剤の液晶相を用いて直接合成されたことは大変興味深く,メソポーラス物質の応用性を大きく広げる研究成果である.各術的応用性とTEM写真の高い品質が評価された.


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